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会社案内・IR情報

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東宝ホーム 本社会社案内・IR情報社長の月刊Blog
2026年3月2日 〇〇ファースト

ロシアのウクライナ侵略から4年、イスラエルのゴザ侵略、アメリカのベネズエラ
攻撃、そして今度はアメリカのイラン攻撃。
ロシア、中国、北朝鮮これらの国は専制国家体制でトップの横暴を止められる
システムがないから、超危険国家と思っていた。
イスラエルは第二次世界大戦で民族が悲惨で可哀そうな目に遭わされた。
自分の民族が悲惨な目に遭ったとはいえ、ゴザの攻撃は罪もない市民を殺戮する
野獣の行動のような気がしていた。
そして今度は、アメリカがベネズエラやイランを攻撃。
色々な理由があるのであろうが、人を殺すのは最低の手段だと思う。
妻を亡くして以来、人の死を他人事と思えない。
残された家族の事を思う。自分の家族が自分に関係のない戦争で命を失う悲しさは
やりきれなさを通り越している。
こんな不条理に納得できるわけがない。恨みしか残らないと思う。
戦争を仕掛ける国はいつも自分の国ファーストで国民を煽り、支持を固めようと
する。
そもそも、人は相手が在って自分が存在する。
会社だって、お客様が在って会社が存在する。社員がいて会社がある。
家族がいて自分が存在する。
自分の存在は常に対象がいて、確認されると思っている。
誰しも自分が一番可愛いし、幸せになりたいと思ってるが、それは自分ファースト
ばかりを追求しては駄目で、対象の事も考え、配慮した上でないと成り立たないと
考えている。
それが良い社会を作る基本のような気がする。青臭い考えであるがその基本は
意識しておくべきと思う。
トランプ、あるいはプーチンもネタニエフも習近平も金正恩も自分の国ファースト、
いや国家でなく、自分自身の保身ファーストかもしれない。
これでは、国民の信任を得られないと思うのであるが、これが今起きている。
国際法を作り、平和にしていこうと世界が約束したにもかかわらず。
歴史ではこれらの指導者は悲惨な死に方をするのである。
今後どうなるのか歴史の視点で現代を観察してゆきたいと思って居る。
昔読んだ、安岡正篤氏の講和集の中で政治の体系は民主政治ー国民主体の政治ー
の方がよいが、それもリーダーの器次第であるということを記憶している。
リーダーが自分の損得、名誉欲、自己保身つまり自分ファーストで判断するよう
では民主政治も最悪になると言っていたように記憶する。
心配な世の中であると同時に、歴史の転換点を、生で観察できる興味もある。

2026.03.02 11:25 | 固定リンク
2026年1月24日 年賀状

私くらいの年齢になると年賀状仕舞いをする人が多くなる。
私自身は年賀状仕舞いはしていないのだが、妻を亡くして以来年賀状を出さなく
なった。自分の勝手都合で知人には申し訳なく思っている。
50年来の友人からも便りをいただく。
私の元上司からも年賀状を頂き、自分が賀状を出さなくなったことを反省した。
今年、87歳になるという、埼玉県に住んでいらっしゃる、住宅業界に入った時の
上司である。
直接、営業の方法など教えてもらったことはない、ただその人の仕事への姿勢、
組織の運用の仕方、部下とのかかわり方など仕事の日常生活を自分なりに観察して
自分の仕事流に取りこんだ。会話もあまりした記憶がない。ある時は反発し、
自分の部下を引き連れ団体交渉したこともあった。
しかし、私にっては仕事実務上の師匠である。自分をアピールする人でなく、
どちらかというと口下手である。でも、本物の商人だと尊敬している。
私より如才で、対応力のある人がある地域の営業所長になると思っていたが、予想
に反して私が任命された。
相談もしない、会話もしない私が、何故?と思ったが、上司は私が適任と判断して
上部に進言したのだろう。自分のどこを買って進言したのか聞いたことがない。
理屈より、実行力、現実的対応力ではなかったと勝手に判断している。
年賀状を見て、その元上司に会いたくなった。
大分からも、宮崎からも、旧知の人から年賀状を頂いた。
自分の非礼が恥ずかしくなった。会ってお詫びをしなければと思っている。
時間を作り、会いに行かないと後悔すると思っている。
大学で一緒に剣道をした仲間が胃癌になり、55歳くらいで亡くなった。
病気になったことは知っていたがその程度は分からなかった。彼が私を訪ねて
小倉に来て一緒に食事をし、お互い体を気遣いながら再会を約束して別れ、その
1年後彼の訃報に接した。彼は自分の身体のこと知った上で私に会いに来たんだ
と思って涙を流した。
会いたい人には、会える時に会っておかないとと切実に思って居る。
今年、79歳になる正月の感想です。

2026.01.24 11:19 | 固定リンク
令和7年11月16日 仲代 達矢さん

11月8日に俳優の仲代達矢さんが亡くなった報道があった。92歳。
存在感のある名優だった。映画でもテレビドラマでも記憶に残る人であった。
独特のしゃべり方、迫真の演技を鑑賞できないのは寂しい限りである。
2022年9月19日~21日休暇をとって、能登演劇堂で仲代さんの演劇『いのちぼうに
ふろう』を観に行く計画をした。チケットも取り、JRもホテルも予約した。
その時仲代さんは、年齢が89歳、たぶんこの劇が最後になるのではと妻と話し、
能登の演劇堂は最後のシーンで舞台のカーテンが開き、荒々しい日本海の景色が
素晴らしいと聞いていた。彼の年齢と劇場の素晴らしさで計画を立てた。
ところが、当日台風襲来でJRが不通になり、計画は実行されず、演劇は開催され
ていたのであるが、当地まで行けず残念であった。
2022年の年は、妻はすこぶる元気で、10月には旦過の火災のチャリティ茶会の陣頭
指揮を執るし、11月には二人で東京の帝国劇場でミュージカルを観劇するし、12月
には松山に帰省し、兄弟たちと楽しい正月を迎えられた。
年が明け、2023年になった途端、病気が分かり、辛く、可哀そうな9か月間の闘病
生活が始まった。
仲代さんが89歳だから、もう演劇鑑賞ができないと思ったのに、妻の方が早く逝く
など、夢にも思っていなかった。
2022年に戻れるものなら、帰りたいと思う。2022年から、2023年には別の方向に
向かう年代の道があり、その道では妻は健康で、周囲の人を気遣い、優しい、感謝
の気持ちを忘れない、いつもの妻がいてくれる。
こんな夢を持ってしまう。
もう2年も経つのになかなか気持ちの切り替えができない自分がいる。
仲代さんも早く妻を亡くし、その妻、宮崎恭子さんが能登の演芸堂の活用と無名塾で
後輩達の演技指導を遺言したから続けられたと言っていた。
私の妻は犬の世話が大へんだけど頑張ってと言ったのが最後の言葉だった。
たぶん妻は、犬も含め、今まで通りの頑張る主人でいて欲しいと願っていたのでは
思っている。妻に心配かけないように、妻から褒められるように生きるのが今の信条
である。

2025.11.16 18:41 | 固定リンク
令和7年10月19日 クマと人間

関越、東北、北海道でクマ被害が頻発している。
人家に入りこんだり、店に侵入したり、道端で出くわし、被害続出である。
クマは我々を襲撃しようとしているのではなく彼ら自身の自己防衛的行動の結果が
人間に不都合な事態になっている。
住宅地開発などで動物の暮らす世界が狭くなり、エサの確保が難しくなっている
のが原因と思う。
クマにも人にも都合がよい、折り合いがつければいいのであるが、当分は我々人間が
注意をして暮らさなければならない。
クマよりも酷いのが、人間の殺人である。
自分と無縁な人を殺すことが頻繁に起きる。
ストーカ的な殺人もある。
昔はこんなにあっただろうか。
何とか防ぐことができなかったのか、強い憤りを感じる。
個人情報を大切にしなければいけないということが行き過ぎて、他人に無関心に
なり、人に注意することも、褒めることもなくなった。
人間は社会的動物と言われるが、このような事件や事故が頻発するようではプライ
バシーにある程度の制限をかけないと事件が続くような気がする。
予断や偏見で人物を観察してはいけないが、殺人を犯すような人は何か違和感があっ
たのではと思ってしまう。それらの人をもっと監視できていれば防ぐことができた
のでは・・・。
個人のプライバシーよりも人命の方がずっと重要だと考えている。
昔、営業で個人宅を回っていた頃、スマホのない、電卓さえない時代、算盤(ソロ
バン)でローン返済をしていた時代、駐在交番に行けばお客様の所在を丁寧に教えて
くれた。今は住所を教えてくる事などないし、駐在所が襲撃されるかもしれないので
防護体制を取っている。
こんなことを考えると、昔の人はみんな親切だったし、いい時代であったとつくづく
思ってしまう。
個人の家庭、家族も大切、でも地区がもっと家庭的、家族的になれば事件も少なく
なるのではと、昔を懐かしく思ってしまう。年齢が行き過ぎたのかもしれない。

2025.10.20 11:23 | 固定リンク
令和7年9月13日 生き別れ、死に別れ

昨日が妻が亡くなって、2年目の命日だった。
私が日中仕事で留守にしているのを知っているため、ごく限られた人しか弔問に
来られなかった。日常から徐々に妻が遠くなり、友人たちの記憶の中にしか存在
しなくなる。それは自然の流れで、当然だし、そうでなければ現実の生活がなり
立たない。私にとっても周囲に気遣わず、日々が送れるので良いと思いながらも
寂しさが残る。
昨夜も訪れた人が、療養中、妻がもし私が死んだら主人は生活ができるか心配
していたという話を聞いた。私の持病を心配して毎日弁当を作り、食生活管理を
してくれた。自分が死んだらそのような事ができるのか、心配してその方に話し
たんだと思った。ずっと私の事を心配し続けて、妻には感謝しかない。
自分の病気の事よりも私の事を心配してくれ、母親のような存在で、私には慈母
観音のような人であった。

生き分かれ、一般的には離婚。   死に別れ、その字と通り、死別。
離婚のときは、相手に対して未練が残らない、残らないばかりか忘れたい。
死別の時は、いつまでも未練が残り、現実を受け取ろうとしない。
現実を受け取ろうとしない感情は、女性より男性の方が強く、思い出の中に暮し、
いつまでもメソメソし、新しい一歩を踏み出そうとしないという話を聞いた。
なるほどと実感した。女性の方が現実的で強い。
人にもよるが統計的には女性がリアリストで、男性がロマンチストらしい。
女性が再婚相手を探す時、生き別れに嫁いでも、死に別れに嫁いではいけないと
いう言い伝えがあると聞いた。
死に分かれた男性は、亡くなった先妻の事を思い続けて、新しい家庭を築くのが
下手で、円満な家庭づくりができないという理由らしい。
これらも人それぞれの性格、価値観、現実観察眼などによると思う。
人間の寿命が分からないのは厄介である。平均寿命の考えがあり、それを根拠に
自分の将来を探る。健康的に死ねるか、非健康で死を迎えるか、これも全く不明で
ある。
ただ、間違いなく死ぬことは定理なので、その支度もせねばと思っている。
これも厄介で、自分に子供でもいれば、どんな役立たない子供でも彼を
中心に考える。私のように子供がない時には、どうすれば?
加藤茶のようにずいぶん年の離れた女性の世話になるか、
紀州のドンファン事件のように契約結婚の末、事件的死に方をするか。
ドンファンのように金も資産もないから、契約結婚はあり得ない。
加藤茶のような、愛情で結ばれれば、亡き家内も安心するかもしれない。
愛情という感情も実体が分からない。調子が悪い時に人を慈しみ、支援するのが
愛情、友情だと思っている。その状態にならないとその人の真の性格は見抜けない。
亡き妻は、私がよい時も、悪い時も支えて続けてくれた。これが愛情だと思った。

2025.09.13 16:05 | 固定リンク