東宝ホームのホームページへ初めてご訪問いただいたお客様にご覧いただきたいページを集めました。

地域密着で取り組む住宅メーカー。
安定した経営と確かな家づくりを続け、
快適な住まいを提供いたします。
妻が亡くなって3年が過ぎた。妻に心配をかけたらいけないと思って、できるだけ
自分で料理を作って生活をしている。
妻は私の健康に気遣って、毎日弁当を作ってくれた。
妻が亡くなって一時期自分で弁当を作ろうと思い挑戦したが、続けることが出来
なかった。
妹が時々千葉から支援に来てくれる。
妻は妹の友達であった。その友達が私の妻になったという経緯である。
病気治療中も来てくれ、日常の世話や妻を元気づけてくれた。
昔からの友人であるので、心底からの信頼もある
美味しい朝食、晩食が食卓に並ぶ。有難い。一人で作る時はご飯と一皿。
妻と妹の料理は何皿ものおかずが食卓に並ぶ。お皿の数が多い。
つまり、料理の種類が多い。
これには感激する。昔はこの風景が毎日あって、加えて会話があった。
朝食、晩食の風景が家庭なんだと実感する。
妻との会話は、今起きている日常の事。
妹との会話は、幼いころの話、父、母、兄、祖父母、周辺で起きた様々な出来事。
男の兄弟は、あまり家族に入り込まない、私自身も家族べったりでなく、どちらか
と言えば距離を置いていたと思う。妹は母とよく会話したこともあって色々な
話題が次から次へと出てくる。その出来事を登場人物の会話形式で話す。
私の知らないことも沢山出てくる。すごい記憶力と感心する。
出来事を登場人物の方言や口調をまねて話すので、情景が映像のように映し出される。
目の前で落語を聞いているようで、すごく面白いし、楽しい。
妻も病気期間中、妹と落語形式の会話を楽しみ、彼女の明るさ、楽しさに救われたと
と思う。
今、妻が生きていて、妹と3人で旅行すれば楽しいだろうなとふと思った。
妹もご主人を2018年に亡くし、寂しい時間を費やしたのに、その時は何の援助も
思いつかず、同情するばかり。妻が病を得て療養中は妻に付き添って、亡くなって
からは私への支援。本当に有難いし、頭が下がる。
妹のご主人が亡くなって、旅行でも誘ってあげていれば、その時の妹の寂しさを
和らげることができたのにと今になって思う。鈍感である。
兄弟4人、まだ健在。妹を中心に、仲良くしようと思うこの頃です。
熊本大地震、千葉や北陸、その他の地方での水害、世界各地で起きている山火事、
熱波、そしてこの度はネパールで起こった永久凍土融解による土石流。
土石流の落下速度は時速160キロ、高さは100メートルと聞いた。避難は不可能。
地震は温暖化に関係ないかもしれないが、それ以外は温暖化による異常気象が原因
と疑われる。
地球が人間の横暴に怒り狂い始め、災害を起こしている。
自然を破壊して文明の進化を追求した人間に地球が天罰を下し始めたのでは・・・
こんな風に思っている。
温暖化を防ぐため、それぞれがCO2削減努力を続けないといけない。
できるだけ木を植え、木⇒林⇒森を造らないといけない。
道路は透水性の材料で作り、大地が水分を蓄えるようにしないといけない。
石化エネルギーを自然エネルギーに転換できるよう努めないといけない。
循環型材料で物品を造る努力も必要。
しかし、これらの努力をしても、戦争はCO2削減の対象外であると聞いた。
愕然とする。
戦争こそがCO2増大の元凶である。人を殺し、構造物を破壊し、自然を破滅する。
戦争こそが地球を撲滅に追い込む人間の傲慢な行為である。
戦争決断者は、殺人と自然破壊について考えるべきである。また、自分を安全な立場
において、他人を危険な場所に追いやってはいけない。
先ず、自分と家族を危険な場所において決断すべきである。今の大国の責任者は
自己保身と自己名誉のためにしか考えていないように思える。
もともと、自分の評価は自分でするべきでなく、周囲の人たちや歴史がするもの
なので、今の戦争決断者たちは思考錯誤も甚だしいと思っている。
アフガニスタンで凶弾に倒れて亡くなった、ペシャワール会の中村医師は、戦争が
起きるのは、経済的自立ができていないからだと判断し、灌漑治水事業を行い、農業
を振興させ、地域の人々の自立に貢献した。大国の指導者が中村医師のような考えに
なれば戦争は防げるし、戦争が無くなれば、温暖化防止にも貢献するし、世界の人々
は隣人を大切にするようになる。世界の人々が助け合う人間集団になる。
何とかして、戦争を無くし、家族が悲しむことがないようにしたいものである。
一日も早く、ゴザやイラン、その他各地で起きている戦争を交渉で解決し、今後
戦争が起こらない世界を造りたい。
熊本で震度7の大地震が起きた。10年ぶりである、10年は地球の寿命からすると
極めて短い間隔で、0.0001秒ほどの短さでなかろうか。
災害に遇われた方々は大変だと思う。我々もできるだけの支援をしないといけない。
自宅が被災し、改修不能と思われる映像がテレビから流れる。
住まいは、人にとって、家族にとって、またそれぞれの人の人生にとって、一番
真ん中にある核であるとつくづく思う。
どの人もマイホームや借家であっても、ねぐらを持っている。
そのねぐらが突然使えなくなる。無くなって、家が暮らしの中心だったと思う。
テレビから流れる被災映像を見ながら、家は暮らしの中心、このように感じた。
自分が住宅に関係する仕事に従事していることもあるが、頑丈な家、耐久性のある
家を造っておかないといけない。そうしないと家族の幸せを奪う危険もあると感じた。
福岡大学建築学部の須貝名誉教授と親交があり、先生がいつも言っていたことは、
どの家も新築当初は頑丈にできている。しかし、古くなるに従い、強度が落ち、耐
久性が失われてゆく。耐久性を維持する頑丈な家を造ってゆかねばならない。
それが住宅会社の使命である。
新築時の性能を劣化させない家造り。
20年ほど前、長野で大きな地震があり、沢山の住宅が倒れた。
その時見えない壁の中で、水分が貯まり、徐々に腐食が進行し、地震などの激震で
釘や組手の保持力不足で倒壊。壁の中で腐食が起きるなど考えにくい。
しかし、高温多湿の日本では当たり前に起きている、それを気づかないだけ、住宅
施工会社もそれを言っていない。何十年も後の事は言わない。
少し、卑怯な気がする。
壁の中の湿度を小さくする工夫、壁の中を通気する工夫。これが大切。
含水率の少ない構造材を使えば、乾燥収縮による狂いが無くなる。狂いが無ければ
新造時の性能が維持できる。ただし、構造材価格は高くなるが、災害被災改修費を
考えれば安くなる。それ以上に人命を守ることができる。
基礎工事でも、布基礎よりも耐震ベタ基礎にしていれば、家が移動するかもしれな
いが、基礎が折れて上屋が倒壊することは防げる。人命を守れる率が高くなる。
須貝先生は、このような事を我々に教えてくれ、我々自身で建築工法を研究し、
今の工法、『外断熱、ハイブリッド・エア・コントロール工法』に行き着き、進化させてきた。
この工法を進化、発展させることが、今日、改めて重要と思っている。
子供の頃 毎年8月7日に七夕飾りを作った。小学校の3~4年生頃までだったと思う。
当時は旧暦で行事を行うことが多く、7月7日の七夕でなく、1ヶ月の遅れの8月7日だった。
山から、竹を取ってきて、それに色々な飾りつけや願い事を書いた記憶がある。飾り竹も
大きく、小さな家には不釣り合いだったが、七夕飾りは立派であった。
クリスマスにも、山にツリーになるような木を取ってきて、雪の綿やオーナメントを
飾った。自宅で行う飾りつけは子供たちの楽しみであった。
小学高学年になるとやらなかったから、実際に行ったのは3~4年間だったのであろう。
親子6人、公務員の父親一人の給料での生活は大変だっただろうと今になって思う。
色々な行事は、子供達の良い想い出として残っている。
風呂にも、家族全員連れだって道後温泉に行った。昔ブログにも書いたが、田んぼの
小道を歩いて帰る時、星空の美しさ、時々、天の川も現れた。
あのような光景をもう一度感じてみたいと思う。
田んぼの小道、星空、天の川、家族6人、父母、兄弟4人。
何でもないようなことが幸せだったと思う。歌のロードに出てくる歌詞。
幸せとはこのような事だったと今、強く感じている。
年に一回だけ、織姫様と彦星が天の川を渡って会える。
年に一回だけ、昔は年に一回は少なすぎるという物理的感想しかなかった。
妻を亡くした今は、年に一回でも会えたらいいなぁと願う。
そして、妻と過ごした何でもないような日常が一番の宝物で、一番幸せな日々だったんだ
と思う。
妻が旅立って、もうすぐ、3年になる。
仕事も個人も立ち直らないと・・・妻が心配しているのではと・・・思っている。
先日我社を訪れた人が、社長が毎月ブログを書いているのは非常に珍しいと言った。
私自身、他社のホームページを見ないので、どれが珍しいのか分からない。
当社のホームページを立ち上げる時、立ち上げを指導してくれた運営会社の人が、
社長ブログの提案をしてくれ、ホームページとはそのようなものかと思って続けて
いるだけである。
ただ、毎月会社の事、仕事の事だけは書けない、ブログの内容はどんなことでもよい
との了解を得て、続けている。ほとんどが自分の思っていることしか書いていない。
教訓めいた立派な事もかけない、そもそも自分自身が目立たない普通人である。
自分の生活信条に基づいた内容である。最初に我社を訪れる人は情報収集のため、
当社のホームページに目を通し、社長との話題を探すのだと思う。
それ以外の人は私のブログなどほとんど見ていないと思っている。
書き終えると字句の間違いを確認するため読み返すが、内容を変更することはない。
インスタなどに投稿する人は、自分への承認欲求が強くなるらしい。
『いいね』がないとへこむらしい。ユーチューブなどは登録が多くなると収入も
上がるらしく、いまだにその仕組みが理解できないでいる。
私など、自己顕示欲もないし、承認欲求もないので、他人の評価などまったく気に
しないから、ブログを続けていられるのでは・・・と思っている。
今、一番書きたいのは、亡き妻へのラブレターである。
以前、漂流郵便局に何回かラブレターを書いて送った。封書の中に漂流郵便局の
運営に使ってもらいたいので、少額のお金も同封して送った。その都度、漂流
郵便局の局長の○○氏から丁寧なハガキを頂き、心が和んだ。昨年11月に手紙を
送ったが、何の返信もなく、後日亡くなったことを知った。
ご高齢だからこの日はいつか来ると覚悟していた。
出した手紙に返信があるというのは自分にとって大きな安らぎだった。
妻からの返信でないが、自分の想いを分かり、返してくれる人がいるのはとても
有難いことだった。
11月以来、手紙を出せないでいる。
今年の9月で妻が旅立ってまる3年になる。独り立ちしないと妻が心配する。
もう一度会社を立ち上げた時に戻って頑張ろう、それが妻への恩返しと思っている。
年賀状にいつも書いていた文面『いつまでも 青 春!!』