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会社案内・IR情報

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東宝ホーム 本社会社案内・IR情報社長の月刊Blog
2026年7月11日 天の川

子供の頃 毎年8月7日に七夕飾りを作った。小学校の3~4年生頃までだったと思う。
当時は旧暦で行事を行うことが多く、7月7日の七夕でなく、1ヶ月の遅れの8月7日だった。
山から、竹を取ってきて、それに色々な飾りつけや願い事を書いた記憶がある。飾り竹も
大きく、小さな家には不釣り合いだったが、七夕飾りは立派であった。
クリスマスにも、山にツリーになるような木を取ってきて、雪の綿やオーナメントを
飾った。自宅で行う飾りつけは子供たちの楽しみであった。
小学高学年になるとやらなかったから、実際に行ったのは3~4年間だったのであろう。
親子6人、公務員の父親一人の給料での生活は大変だっただろうと今になって思う。
色々な行事は、子供達の良い想い出として残っている。
風呂にも、家族全員連れだって道後温泉に行った。昔ブログにも書いたが、田んぼの
小道を歩いて帰る時、星空の美しさ、時々、天の川も現れた。
あのような光景をもう一度感じてみたいと思う。
田んぼの小道、星空、天の川、家族6人、父母、兄弟4人。
何でもないようなことが幸せだったと思う。歌のロードに出てくる歌詞。
幸せとはこのような事だったと今、強く感じている。
年に一回だけ、織姫様と彦星が天の川を渡って会える。
年に一回だけ、昔は年に一回は少なすぎるという物理的感想しかなかった。
妻を亡くした今は、年に一回でも会えたらいいなぁと願う。
そして、妻と過ごした何でもないような日常が一番の宝物で、一番幸せな日々だったんだ
と思う。
妻が旅立って、もうすぐ、3年になる。
仕事も個人も立ち直らないと・・・妻が心配しているのではと・・・思っている。

2026.07.12 09:30 | 固定リンク
2026年6月12日 ブログ

先日我社を訪れた人が、社長が毎月ブログを書いているのは非常に珍しいと言った。
私自身、他社のホームページを見ないので、どれが珍しいのか分からない。
当社のホームページを立ち上げる時、立ち上げを指導してくれた運営会社の人が、
社長ブログの提案をしてくれ、ホームページとはそのようなものかと思って続けて
いるだけである。
ただ、毎月会社の事、仕事の事だけは書けない、ブログの内容はどんなことでもよい
との了解を得て、続けている。ほとんどが自分の思っていることしか書いていない。
教訓めいた立派な事もかけない、そもそも自分自身が目立たない普通人である。
自分の生活信条に基づいた内容である。最初に我社を訪れる人は情報収集のため、
当社のホームページに目を通し、社長との話題を探すのだと思う。
それ以外の人は私のブログなどほとんど見ていないと思っている。
書き終えると字句の間違いを確認するため読み返すが、内容を変更することはない。

インスタなどに投稿する人は、自分への承認欲求が強くなるらしい。
『いいね』がないとへこむらしい。ユーチューブなどは登録が多くなると収入も
上がるらしく、いまだにその仕組みが理解できないでいる。
私など、自己顕示欲もないし、承認欲求もないので、他人の評価などまったく気に
しないから、ブログを続けていられるのでは・・・と思っている。
今、一番書きたいのは、亡き妻へのラブレターである。
以前、漂流郵便局に何回かラブレターを書いて送った。封書の中に漂流郵便局の
運営に使ってもらいたいので、少額のお金も同封して送った。その都度、漂流
郵便局の局長の○○氏から丁寧なハガキを頂き、心が和んだ。昨年11月に手紙を
送ったが、何の返信もなく、後日亡くなったことを知った。
ご高齢だからこの日はいつか来ると覚悟していた。
出した手紙に返信があるというのは自分にとって大きな安らぎだった。
妻からの返信でないが、自分の想いを分かり、返してくれる人がいるのはとても
有難いことだった。
11月以来、手紙を出せないでいる。
今年の9月で妻が旅立ってまる3年になる。独り立ちしないと妻が心配する。
もう一度会社を立ち上げた時に戻って頑張ろう、それが妻への恩返しと思っている。
年賀状にいつも書いていた文面『いつまでも 青 春!!』

2026.06.12 17:28 | 固定リンク
2026年5月10日 縁(えん)

50年ほど前のお客様からハガキを頂いた。毎年年賀状を下さる、50年前に家を
建ててくださったお客様である。
ヘルニアを患い、手術をしたという、痛くて痛くてたまらなかったと書いてある。
私が営業第一線にいたころは、ほとんどのお客様は15歳から20歳年上の人が多く、
ほぼ私と同年代の人は数える位しかいない。その中の一人のお客様である。
お見舞いに行かなければと思い、連休中に日帰りで大分に出かけた。
年齢を重ねると、物故者も多く、年賀状のやり取りも無くなり、消息の分かる人
だけは訪ねたいと思い、6名の方々を訪問した。何年ぶり、何十年ぶりの人もいて、
分かってもらえるか不安もあったが、どの方もすごく歓迎してくれた。有難いと
思った。渡部さんは熱心だったと皆さん言ってくれた。
住宅の仕事は、仕事を超えて人と人との付き合いで、この仕事に携わることができ
てよかったとつくづく感謝した。何十年もお付合いができる。このような縁の
深い仕事はない。
人との縁、不思議である。父母の子供に生まれた事も、妻と巡り合い結婚した
事も、以前の会社で上司や仲間に巡り合えた事も、今の会社に転職するキッカケに
なった元会長に会った事も、以前の会社でライバル関係にあった他社の社員が
転職して今の東宝ホームに入社してくれた事も、今の社員に巡り合った事も、
全て縁の不思議さを感じると同時に、偶然が必然だったように感じてしまう。
大分時代から、北九州、一時長崎にいたことも全て縁で繋がっているようである。
縁を切らさず、やってきたから、能力のない自分でもなんとか会社を続けられて
いるのではないかと思う。それぞれの時代、それぞれの地域で相手は変わって
いるのであるが、その方々が全部繋がっているように感じる。
年齢のせいなのか、昔、縁のあった人々に会いたくて仕方ない。
それらの人とは昔の繋がりであるが、現在にも繋がっている。
縁が円(まる)く繋がって、円(まる)が経済の単位である円(えん)になり、
人々を経済的に豊かにするのではと思っている。
縁が円(えん)(経済)を生み出す原動力になっていると感じる。
これからも縁を切らさず、やって行けたら人生が少しでも豊かになるのでは…
と思っている。

2026.05.10 13:51 | 固定リンク
2026年4月2日 風の電話

桜の満開情報もちらほら聞こえる季節になりました。
春夏秋冬、それぞれにいいところがありますが、冬から春を告げる桜の便りは心を
ウキウキさせるものがあります。約40年近く前に大分から北九州に転勤で来ました。
その頃足立山の山道の両端に植えている桜のトンネルが見事でした。
年を越すたびに桜が老木になり、木も伐採されたりで、桜のトンネルもなくなり
ました。
今一番きれいなのは、志井川の川堤の両側に植えている桜だと思います。自宅近くの
場所だから贔屓目もあるかもしれません。
満開になると盛り上がるような桜花、そして川面に向かって垂れているしなやかな
枝先に咲く可憐な花びら、素晴らしく、毎年楽しみにしています。
この場所の桜は丁度、今が見ごろの年代なのでしょうか。
先ごろ、NHKスペシャルのドキュメントで『風の電話』という番組を見ました。
回線の繋がっていない電話で、身内を亡くした人たちが、その人を偲んで電話を
するためその場所を訪れ、生の音声がテレビを通して流れてきました。
東北大震災の前年、佐々木さんという方が、自分の従妹との会話をするために、
個人用に電話ボックスを設置し、回線の繋がっていない電話機を置きました。
翌年、大震災が起こり、沢山の方が被災し、亡くなり、残された家族、友人が
佐々木さんの電話を借り、亡くなった人との交信をするようになりました。
佐々木さんも自宅の庭に設置している電話を開放し、誰でも利用できるようにし
ました。
回線の繋がっていない電話は『風の電話』と呼ばれるようになり、全世界にそれが
広がり、600台近くの風の電話ができているとのことでした。
この『風の電話』のニュースやドキュメントは過去にもあったらしく、映画にも
なったようですが、全然記憶にないのです。
どこかでニュースとして見ていたはずなのに全く覚えていません。
たぶん、妻も健康で、死とは遠い所にいたので、他人事としてニュースを見ていた
のだと思います。
今は、被災し残された家族のひと声、ひと声がズシ~ンと胸に響き、気持ちが
手に取るように分かります。
電話の内容は、『元気でやってますか?』とか『こんな事をしています。』
近居報告のようなごくありふれた内容です。
反省や謝罪はありません。その時期はすでに過ぎ、現状をはっきり認め、達観して
いるのです。
でも、簡単な挨拶的な言葉の後ろに隠されている深い情愛が痛いほど分かります。
死者に電話し、死者から慰めれ、死者から勇気をもらい、また明日を元気に生きて
行こうとします。経験をした人でないと分からない感覚ですが、寂しさ、悲しみを
通り越した勇気をもらえる電話が風の電話だと思いました。
だから、全世界に広がっている。良いことだと思います。

2026.04.03 17:01 | 固定リンク
2026年3月2日 〇〇ファースト

ロシアのウクライナ侵略から4年、イスラエルのゴザ侵略、アメリカのベネズエラ
攻撃、そして今度はアメリカのイラン攻撃。
ロシア、中国、北朝鮮これらの国は専制国家体制でトップの横暴を止められる
システムがないから、超危険国家と思っていた。
イスラエルは第二次世界大戦で民族が悲惨で可哀そうな目に遭わされた。
自分の民族が悲惨な目に遭ったとはいえ、ゴザの攻撃は罪もない市民を殺戮する
野獣の行動のような気がしていた。
そして今度は、アメリカがベネズエラやイランを攻撃。
色々な理由があるのであろうが、人を殺すのは最低の手段だと思う。
妻を亡くして以来、人の死を他人事と思えない。
残された家族の事を思う。自分の家族が自分に関係のない戦争で命を失う悲しさは
やりきれなさを通り越している。
こんな不条理に納得できるわけがない。恨みしか残らないと思う。
戦争を仕掛ける国はいつも自分の国ファーストで国民を煽り、支持を固めようと
する。
そもそも、人は相手が在って自分が存在する。
会社だって、お客様が在って会社が存在する。社員がいて会社がある。
家族がいて自分が存在する。
自分の存在は常に対象がいて、確認されると思っている。
誰しも自分が一番可愛いし、幸せになりたいと思ってるが、それは自分ファースト
ばかりを追求しては駄目で、対象の事も考え、配慮した上でないと成り立たないと
考えている。
それが良い社会を作る基本のような気がする。青臭い考えであるがその基本は
意識しておくべきと思う。
トランプ、あるいはプーチンもネタニエフも習近平も金正恩も自分の国ファースト、
いや国家でなく、自分自身の保身ファーストかもしれない。
これでは、国民の信任を得られないと思うのであるが、これが今起きている。
国際法を作り、平和にしていこうと世界が約束したにもかかわらず。
歴史ではこれらの指導者は悲惨な死に方をするのである。
今後どうなるのか歴史の視点で現代を観察してゆきたいと思って居る。
昔読んだ、安岡正篤氏の講和集の中で政治の体系は民主政治ー国民主体の政治ー
の方がよいが、それもリーダーの器次第であるということを記憶している。
リーダーが自分の損得、名誉欲、自己保身つまり自分ファーストで判断するよう
では民主政治も最悪になると言っていたように記憶する。
心配な世の中であると同時に、歴史の転換点を、生で観察できる興味もある。

2026.03.02 11:25 | 固定リンク