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社長の月刊Blog

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東宝ホーム社長 渡部 通です。
毎月2回のペースで更新しますので、是非お読み下さい。

平成29年10月14日 品  質

30年ほど前、QCとかTQCということが事業の世界でよく言われました。
品質向上のための小規模集団活動で、みんなが品質を意識する、品質向上を目指すことで
事業の売上増や発展に寄与しようとする運動でした。
品質には、商品品質もありますが、顧客との対応品質、接客品質、デザイン品質、設計品質・・・
いろいろなものがあります。
いや、全ての考え方や行動に品質の冠をつけることができるほど多岐にわたります。
最近の偽装事件、神戸製鋼、日産自動車、三菱自動車、東洋ゴム、東芝、タカダ、中小の会社
まで含めると限りなくあったような気がします。
品質と偽装は対極にある言葉で、高品質を目指していれば偽装などの発生はないし、社内牽制
も効いているはずです。
いつの間にか、品質向上運動、QCという言葉や活動が事業から無くなり、代わって見つからな
ければ、よいという悪の風土が発生し、悪貨が良貨を駆逐していったのでは・・・と推測します。
QC活動の基本理念は次の工程の人がお客様という考え方です。
次の工程の人のやり戻し作業を無くする、より効率的で高精度の仕事をしてもらうため、現作業
の品質をどのようにすればいいのか、それをそれぞれの部署で考えようという運動でした。
最終のお客様はエンドユーザー、消費者ということですから、消費者の最高の満足のために
供給側はどのような姿勢で、どのような行動をすべきかということを日本全国の会社が研究、
実践していったのです。
この運動で、日本の製品は良い、安心できるという歴史ができました。
また社員も仕事に誇りを持ち、地位とかに関係せず、自信に溢れていました。
我々はこれを実践していってくれた先輩のおかげで今日を生きています。
しかし、いつの間にか、偽装環境が横行し、安心、信用、信頼の文字が日本から消えていった
のです。
会社内では消費者はそっちのけで自分の社内出世競争だけが重要事項になっている結果、
このような偽装が日常になり、だれも咎めなくなった気がしてなりません。
最終目標は顧客の最高満足ですから、どの部署も、個々人も次の工程の人がお客様、最終の
お客様は消費者だと思う気持ちを再度徹底しないと日本国は自分で自分を滅ぼしてしまうという
危険を感じます
また、品質を難しく考えるのではなく、笑顔品質、挨拶品質、電話品質、手紙を出す日時品質、
このような身近な品質から考えていけば、商品品質、営業品質、設計品質、デザイン品質など
事業に結びつくようになっていくと思っています。
そして、その最終形は人間品質になり、礼儀正しくて、周囲にはいたわりがあって、できる範囲
で人を助ける。
事の善悪をハッキリ指摘できる、中途半端でなく大胆な活動もできる日本人にならなければと
思っています。

平成29年9月21日 赤 秋(せきしゅう)

9月の初めに『懸念』という表題でブログをアップしたつもりでいました。
最近勃発するテロと北朝鮮問題について私見を述べてものでした。
しかし、内容が政治的すぎるのでは・・・という懸念から担当者のところで
止まっており、掲載されていないことを今日知りました。
改めてブログを書いてほしいとの依頼がありました。
社長のブログさえ担当者の判断で据え置かれるということは、社長の威厳が
ないのか、民主的なのか判断の分かれるところでありますが、私は社員が
全社のことを考えて、自分の意見を述べてくれたことにうれしさを感じました。
社長はある程度ワンマンでないと務まりませんが、ワンマン度が過ぎると
反発を買い、社員の信頼と尊敬を失う危険があります。
今回のブログは仕事の姿勢などに言及したものでなく、国際政治の私の見解
を述べたものでした。考えてみると世の中で立場の違いから賛成、反対が
あり、会社的には適正でないと判断し、急遽このブログになったわけです。



先日、仲代達矢さんの仕事の姿勢をドキュメントしたテレビが放映されていました。
途中から観たのではっきりしませんが、10数年前の作品でした。
彼の寝室が映し出されそこに亡くなった奥様の写真と骨壺が置かれていました。
彼が『もうそろそろ納骨したあげないと…。』とつぶやきました。
7月に松山に帰った時、亡くなった友人の骨を7年間納骨せずにいた友人の奥さんの
姿がダブりました。
あぁ、この仲代達矢ご夫婦もお互いが尊敬しあっていたと感じました。
愛し合っていたというより、お互いがそれぞれを認め尊敬しあい、精進しあっていた。
人間を磨き高める刺激を受け合っていたという事実を直感しました。
素晴らしい、その奥様の宮崎恭子さんという名前です。仲代達矢さんに遺書を残して
いました。
冊子のようになっていましたから、日記の延長のような遺書です。
多分、余命宣告を受けて書き綴ったのでしょう。
自分が先立つ不孝をわび、今後の生活から、仕事のこと、再婚する時の注意、・・・
聞いていて奥様の真情が伝わり、うるうるときました。
それを受け止める仲代さんの純情 純真な男らしさ。
素晴らしい夫婦だったと思いました。
その奥様が仲代達矢さんに『赤秋(せきしゅう)』という言葉を贈ったそうです。
秋のことを白秋と言います。
霜が降り、寂しさが漂う、人生の終盤、なにかも悟って、なんの欲も なんの希望もない。
そのように枯れた人生の終わりころを『白秋』と言います。
夏は『朱夏』といって人生の活発で華々しいころを言います。
その『朱夏』を終え、秋になり白秋とならず、もっともっと希望にあふれ、夢実現に奔走する。

そのようになってほしいと『赤い秋』という言葉を仲代氏に贈ったのだと思います。
『赤い秋』  『赤秋(せきしゅう)』     素晴らしい言葉です。素晴らしい発想です。
この言葉で仲代達矢さんの老後の活躍が始まりました。
私も『赤秋(せきしゅう)』という響きに勇気をいただきました。
宮崎恭子さん、ありがとうございました。

平成29年7月26日 格好いい生き方

高校時代の部活動の仲間が久しぶりに会おうという計画が持ち上がり、7月21日から
7月23日まで松山に帰ってまいりました。
高校時代剣道部に所属し、同期は4人だけでした。そのうちの一人は7年前に他界し、
彼のお墓参りを兼ねて仲間で一杯飲もうということになりました。
かねがね瀬戸内海を船を使わず、自分の足で帰りたいという願望を持っていましたので
この機会に自転車で帰ろうと決めました。
考えてみると、独身時代の帰省と仕事での出張の一人旅はありますが、それ以外では
初めての経験です。
距離は80キロ。
二日間で走破するのですから、何とか行けるという計算です。
この暑さで、年齢が70歳、一人、過去にも転倒で骨折している、無謀すぎると家内と
家内の友人たちに止められましたが、『大丈夫。』と言って決行しました。
21日6時25分の新幹線こだまで新尾道まで行き、そこで自転車を組み立て出発です。
道路にはブルーの線が引いてあり、道に迷うことはありません。
今治まであと○○キロメートルと表示があります。
誰も頼る人がいない自力走行ですから覚悟はしているものの、この表示は精神的
バックアップになりました。
しまなみ海道を走行してゆきます。高速道路を走れるのはブリッジの所だけ。島に
下りると島内の一般道路走行です。
高速道路のブリッジは山の頂上あたりにありますので、入口まではひと山登るという
感覚で、たいへんなきつさです。
一日目大三島まで行き、そこで一泊、二日目今治まで同じような高低差のある道路を
フーフーいいながらなんとか到着しました。
たいへんでしたが、やり遂げた達成感、この年齢でも心の心棒が一回り大きくなったような
充実感を感じました。

翌日、他界した仲間のお宅を訪問しました。
奥様から、彼の病気のことや最後の状況などお聞きいたしました。
癌で声を失い、普通なら自分の運命を呪い、失望するところですが、いつも前向きに、周囲に
心配をかけず、むしろ周囲を元気づけたという印象のお話をいただきました。
高校時代から、物事に動じず、マイペースで、仲間を明るくするユーモアを持っていましたから
私たちのイメージ通りの病後生活を送ったんだと思いました。
奥様は6年間納骨せず、彼と一緒に暮らし、いよいよ7年になる時、今のままではいけないと考え、
やっと納骨されたそうです。
ご夫婦の絆の深さを感じ、感銘いたしました。
そして、奥様が『私の主人は生き方が格好良かった。』と言われました。
声を失ってからも、自力で声を出す訓練を続け、日本一の表彰を受けるほど、練習し、同じような
病気の人を講演し、励まし、逆境を元気に、陽気に乗り越えていく姿が格好良いと言ったのか、
それ以外の生きる姿勢が格好良いと言ったのか、具体的なことは訊けませんでした。
ただ、他人との比較の中で自分を評価するのではなく、自分の道を自分の価値観で步き続けた
高校時代の彼の姿が想い出されました。
奥様は彼のすべてが格好良いと言われたんだと思います。
『私の主人はいい人だった。』『優しい人だった。』
このような話はよく耳にいたしますが、奥様から『生き方が格好良い。』こんな賛辞をもらえる
なんて、男として最高です。
私の家内ならどのように言うのか想像しました。
『あの人は、好きな事をして思い残すことはなかったと思います。』
さしずめこのような言葉かなと思いました。

平成29年7月4日 磯田 道史 氏

テレビの歴史について語る番組に磯田氏が時々登場します。
知識が広く、深く、いつも驚嘆する事ばかりです。
彼は自身で古文書を読み、その当時の状況に合わせ解読してゆきます。
私共はふつう言われている通説に従って意味を知るだけなのですが、原文のままの古文書を
読み、突合せその当時の真の状況を推測してゆくのです。
我々の日常の新聞のように古文書が読めるらしいのです。
図書館、元庄屋などの古民家、寺社仏閣に残っている古文書、あるいは城郭などに保管され
ているもの、これらを解読するらしいです。
たぶん英語を読むよりも難しいと思います。
この作業に裏打ちされた知識が、見識となり視聴者の驚嘆を誘うのでしょう。

彼の著書に『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』  というのがあります。
司馬遼太郎は我々の年代の人なら、一番好きな作家ですし、みんな何冊かは読んでいます。
司馬氏の本で、痛快になったり、生き方を考える機会をもらったり、しているはずです。
私もその一人です。
司馬氏の本を小説として楽しんできましたが、磯田氏の『司馬で学ぶ日本史』を読んだ後
もう一度この本を傍におきながら、司馬作品を読んでみたいと思いました。
小説的な楽しみ以上の感動があるのではないかと思いました。
歴史には明日へのヒントがたくさんあり、生き方の軌道修正の教本的要素があります。
次回読む時にはもっと深い読み方ができる様な気がいたします。
『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』    この本はお奨めです。

平成29年5月21日 組 織

明日は書こう、明日は書こうという間にもう5月も後半、冷たい初春だったのに、もう夏です。
ずいぶんズル休みをしてしまいました。
ブログという言葉の響きなら、写真付きでコメントを載せるイメージですが、自分のブログは
案外ダラダラと長い文章になりがちです。
写真を掲載する技術がないから、ついつい長文です。
一度写真の載せ方を教えてもらわなければなりません。

2ヶ月くらい前でしたか、香川県の会社の話がテレビ放映されてました。
私が愛媛県出身ですから、同じ四国となると興味が沸き起こってきます。
その会社は水族館のアクリル板、つまり水圧に耐える分厚いガラスのような透明版を作っている
中小企業です。
その小さい会社が世界の水族館の透明版のシェアーを70%持っているとのことでした。
驚きです。奇跡です。大企業じゃないのです。従業員の数は聞き損じましたが、映像からすると
何百人もいる様な企業じゃありません。
アクリル板は何層にも張り合わせ、厚さが1メートルや1,5メートルの物を作るらしいです。
接着剤はアクリル板と同じ屈折率のものを使うので、どんなに厚さがあっても変形して見えない
らしいです。貼っているのに全く気付かない。
私など工作で接着剤を使う時、貼りあわせる面から接着剤がシミだし、団子のような接着面に
なるのにあの大きな大きな表面積に接着痕が残らない。不思議です。
ベテランの技、工夫、経験があるから世界の70%のシェアーなんでしょうね。
その会社の社長は78歳と言っていました。
そんな年を感じさせない。青年です。
その社長の組織論が私と同じだったものですから、我が意を得たりという気持ちになりました。
組織はよく三角形に例えられます。
一番上に社長がいて、部長、課長、係長という序列でそれぞれの部署で人事管理していきます。
その三角形の統制が取れていれば優良会社のように言われる傾向があります。
香川県の会社は『自分の会社は文鎮型だ。』と言っていました。
文鎮のつまみ、つまり真ん中にある小さい突起物、これが社長で、文鎮の長方形の部分が社員
だというのです。社員には上下感覚が無くて自分の仕事を仲間と協力しながらやる。
新しい発想も現場中心主義。自主性が重んじられる。

私は会社というのは鈍角の底辺の広い三角形であるべきと思っています。
三角形の底辺にはお客様がいて我々を支えてくれている。底辺が広いほどお客様が多い。
また鈍角の三角形ほど内部にいる社員とお客様の距離は近くなる。
近いほどサービスが行き届く。それが発展につながる。

鋭角の三角形になるとお客様との接点は小さくなり、支持者であるお客様は少なくなる。
三角形の内部つまり社内では出世競争だけが社員の価値観になり、お客様のことは二の次と
なる。
鋭角の鉛筆のような三角形は不安定になりやすい。
このようになるとどんな大会社も倒産するのではと考えています。

お客様と会社の接点はできるだけ広い方がよいし、会社の内部の出世競争などはお客様満足
の障害になる。
社員はお客様の近くの現場にいるべきと思っています。
これを実践しているのが、香川県の会社のようです。

自分の考えが正しいのかどうなのか  時が経たないとわかりませんが、同じような考え方の
会社があるのにはホッといたしました。

平成29年3月28日 油 断

もう4月、新入社員を迎える時期です。
例年新入社員を迎えて導入研修を行い、最終日にスポーツ大会と歓迎会を実施しています。
昨年のスポーツ大会には見学での参加でした。
ちょうど4月2日の夜、帰宅途中の自転車で転倒し、肋骨にヒビが入り、日常生活に支障をきたし、
スポーツどころでなくなったからです。
それから治りかけた頃、またもや肋骨骨折、鎖骨骨折と相次ぎ、いまだに鎖骨の方は骨が再生
途中で無理な運動は控えていますが、今年のスポーツ大会には出場できるのでは・・・と思って
います。

今から思うとあの時に無理をしなければ、急がなければと反省する事故ばかりです。
慣れからくる油断なのでしょうか?

栃木県で雪崩による事故があり、高校生が亡くなりました。
非常に残念です。
計画した指導者、引率者は大きな責任を問われ糾弾されるでしょう。子供たちのためと思って
やっていることが裏目になり気の毒です。
新田次郎の小説の『八甲田山死の彷徨』、映画『八甲田山』と同じ内容だと感じました。
後から考えると防げた事故。
天候状況は悪いが、今まで10年間は無事故であった。大丈夫。ここまで来たのだから、登山は
中止して別の訓練でもしよう。
悪い状況を認識しながら、中途半端な決断で事故に遭遇。
結果論かもしれませんが、潔く全て中止という決断をしていれば・・・と思ってしまいます。
指導者も死亡された高校生も非常にお気の毒に思います。親御さんのお気持ちを察すると・・・
言葉も思いつきません。

仕事をしていると慣れから来る油断で痛い目に遭うことがあります。
いつも原理原則を意識して、立ち返り、その上で創造性を発揮して突き進む。
創造の定義は、『過去の経験、知識を解体して、それを組み立てなおす。』ということです。
このような作業を繰り返していけばいつも新鮮な活動ができるし、不具合の予防にもなると
思っています。

自分の骨折事故、再び反省です。

平成29年2月18日 【古 稀】

子供に恵まれなかったため、夫婦と犬一匹の永年の生活。
子供や孫の成長を感じないから、世間の同世代とは異次元の世界です。
いつまでも青春。いつまでも新鮮。
先日古稀を迎えました。
古来稀なり、骨董品の極みのような言い方は私には無縁と思っていました。
世間一般的なお祝いを社員たちがしてくれました。
『そんなに枯れた年齢でも、精神でもない。』と言いたかったのですが折角の好意
ですから素直に受けました。

社員には自分が元気で、仲間の役に立っているのならいつまでも働け、年金など
あてにするな、人間は50歳を過ぎれば、60歳も70歳も80歳も全て51歳だと公言
しています。
この言葉は自分にとってずいぶんプレッシャにもなり、意欲の源泉にもなっています。
発展し続ける会社を創り続けるには、どのような精神、どのような方法、どのような
分野・・・いつも考えています。
自分の寿命が永遠であるような感覚で考えてしまいます。
いつか寿命が尽き果てるのでしょうが、事業を考えるときにそのことは全然計算に
入れていません。
本当に自分勝手で能天気だと思ってしまいます。
ただ瞬時に判断や決断ができなくなった時にはすぐに会社を辞めようと思っています。
その時のために優秀な後輩たちにいろいろな経験を積ませ、リハーサルをさせておか
なければと考えています。
これからも困難な試練があるのでしょうが、試練をプラスに変換して事業を行ってゆく
所存です。
以上青年の声ならぬ古稀の声でした。

平成29年1月9日  【トランプ】

新年明けましておめでとうございます。
今年は郷里の松山に帰らず、小倉で寝正月でした。
昨年鎖骨骨折したため、コルセットで肩を固定しなければならず、入浴もままならず、
まして、大衆浴場などにはいけない状態です。
松山に帰るひとつの喜びは、道後の温泉にゆっくりつかりたいということがあるので
今回それが叶いそうもなかったからです。

初詣に行き、おみくじを引く人をよく見かけます。
私は神仏を拝み、先祖は敬いますが、おみくじの運勢とか、今日のラッキーカラーは○○、
方向は○などといういわば迷信的な言い伝えは信じないタイプです。
それでも、ある人が自動車で自損事故を起こし、そんな時の宝くじはよく当たったいう話
などを聞くと、骨を3回も骨折した今年だから当たるかもと思って欲を出し3万円も買いました。
結果は300円が10枚、やはり迷信は確信でありませんでした。
迷信や暦の日よりは神様が作ったものでなく、人が作ったものですからそれにとらわれる
のはアホラシイということです。
自分の欲で昨年末には差引2万7千円の損失でした。

私の母は、迷信、手相、暦の運勢、日和を信じるタイプで、黒猫が自分の前を横切ると一度
家に帰って出直すほどでした。
運勢を描いている暦などもよく見ていました。
昔はそんなことが普通だと思っていましたが、自分が社会で働くようになって結局、成果と
いうのはそのような運勢に左右されないことが分かり、幸運、不運は自分の考え方と行動に
直結するということを経験則的に学びました。
幸運とは運をよくする考え方をする人に訪れやすいという事でした。

本題が遅くなりました。
アメリカの大統領にトランプ氏が就任する予定です。
私は、国の興亡や人の盛衰に興味がありそのような視点で歴史を読んでいます。
先人たちの考え方や行動を参考にしながら、自分の信念形成や行動規範を作ろうと努力
しているつもりです。凡人ですから、死ぬまでに出来ないと思いますし、自己満足の世界で
終わるであろうと思っています。
自分がこうなろうと思っていると他人の観察も鋭くなり、ついついその人の過去、現在の推察、
性格や思考の中心も推測してしまいます。
それらは私の勝手な推量ですから、全て当っていないのですが大まかな全体像では的を得る
ことが多いように思っています。
トランプ氏は過去の皇帝像からすると国を発展させるタイプでなく、滅亡への引き金になるような
人のように思えます。
私の情報は新聞とテレビだけであり、国も違っているのですからこのように言うのはおかしいし、
不遜であると思っています。

しかし、色々な場面の言葉や内容が短絡的です。
指摘された相手が自分に都合がいいことであればものすごくうれしいし、逆であればものすごい
脅しになります。
物事には表と裏があり、利益と損失があります。全て自分の都合がいいことはどこかで反動が
発生するはずで、国が亡び、人が衰える前兆にはこのような現象が起きるように思っています。

日本もアメリカ一辺倒に頼る時期でなくなっているのかもしれません。
防衛、安全保障にしても自分で自立するくらいのことは考えるべきと思っています。
世界に紛争が起こり、広がり、難民が増え、国際連合があっても解決しない、そこが機能しない。
ならば自国の安全は自分の力で守るようにしないと。
隣国の中国、北朝鮮の脅威、韓国の不安定さ、日本の平和ボケも修正する時期のように思って
います。

平成28年12月10日 【 2016年の総括  個人編】

本年も残すところ僅かになりました。
この時期、いつもいつも時間の速さには驚かされます。
何か格別な事を残したかというと未達成感しかありません。
個人的には病院にたいへんお世話になった一年でした。
30代から10年に一回くらいの割合で入院をしています。
60代はなかったと思ったころに左目の視力減退で手術になり無事回復いたしました。
網膜出血によるものだったので、持病の食生活管理の重大さを思い知らされました。
その他、肋骨の骨折とヒビ割れが各一回、左肩鎖骨骨折が一回、心臓ステント埋め込み
手術と入院が相次いでいます。
やはり今までの統計通り、10年の一回は守られたようです。

ある人と生き方について話し合う機会があり、人生には何が起こるか分からん、先が見え
ないのが人生だ。だから自分は『何事も受けて立つ身の不動心』ということを信条の一つに
しているとしたり顔で話しました。
実際その生き方を実践しようと常々思っています。
今、自転車転倒による左肩鎖骨骨折治療中です。治療といっても手術ができないので、自
然治癒ですから、コルセットで固めることしかできません。左足も打撲していますので、歩行
が困難で、特に階段の昇降は支障があります。
ちかぢか心臓のステント手術も受ける予定です。一日も早く全体の健康回復を願っています。
その人に自分の症状を伝えると心配をしてくれているのでしょうが、あっさりと『何事も受けて
立つ身の不動心』という言葉が返ってきました。
一本取られたという爽やかな敗北感とこの言葉は人を勇気づける素晴らしい響きを持ってい
ることに気づきました。友人に感謝です。

来年は今年種を蒔いたいろいろな事業を開始いたします。
今年中にできる限りの身体メンテナンスをして、『青春の70歳』を迎えたいと思います。

来年もよろしくお願いいたします。
皆様もよいお年をお迎えください。

平成28年12月10日 ( 2016年の総括  個人編

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